転機の予感

私の会社では東京で大きなプロジェクトが走っている。
内容はトップシークレットなのだが、まさに顧客企業の経営戦略、命脈を握る重要なプロジェクトだ。

私はといえば、某地方で過去の栄光にすがりながら、このまま年老いていく飼い殺しような日々をリストラの恐怖に怯えながら過ごしている。
私の会社にも事実上の早期退職者制度があり、いつ私がそのリストに載るかもわからないのだ。
既に私より若い世代の人間も早期退職という名のリストラに遭っている。
私のメンタルが健全な状態なら、少なくとも今のような飼い殺しのような消極的な日々は過ごしていまい。
しかし、なんでもメンタルのせいにするのは甘えかもしれないが、先細りが見えている場所に身を置いておくのはつらいものなのだ。

そんな私がその東京でのプロジェクトに呼ばれるかもしれない。
私を東京のプロジェクトメンバーとして起用したいと、私を未だに信頼してくれているかつての仲間が上司に言っているらしい。
私はまだ老け込む年ではないが、最近はめっきり年をとった老人のような日々を過ごしている。
そんな精神的老人に、まだ最前線から期待されているのだ。
エンジニアとしての矜持が蘇ってきそうだ。

しかし、単身赴任で残してきた家族が気になる。
プロジェクトの性質からして東京での生活はおそらく2~3年だろう。
プロジェクトの終了後は私はどこへ赴任するかは全くわからない。
そんな状態で家族を東京に連れて行くことは無責任だ。
プロジェクトが完了するころ、子供たちもそろそろ受験を意識する年頃になるころだ。東京へ家族を連れて行けば、その後私がどこへ赴任しようと子供たちはそうそう自由には動けない。東京に家族を残し私はまたどこかの地方へ単身赴任となるのだ。

座してリストラに怯える日々を過ごし、現在の週に一度程度は家族に会うことはできる生活を選ぶか。
ここで果敢に挑戦し、しかしほとんど家族と会えなくなる生活を選ぶのか。

精神的老人と化しても、父親として、男として子供や妻に週に一度私の姿を見せることを選ぶか
果敢に挑戦する姿を、父親として男して家族に年に数回見せるだけの生活を選ぶのか。

私はどうしたいのか・・
もちろん家族と過ごしたい。子供が成長する時間もまた「今」しかないのだ。
かけがえのない子供たちの「今」を共有できないのはあまりに残念なことではないのか。
いずれ子供たちは自立していく。「今」という時間はあまりに短い。
妻はどうする。私が選び、私のことを選んでくれた妻。彼女との時間はどうするのか。
子供がやがて自立した後、妻と二人になったとき、思い出を共有できないのはどんなに淋しいことだろう。

まだ正式な話があったわけではない。単なる噂話程度のものだ。
しかし、そのときおれはどうする・・
2011-09-28 00:24:19(Wed)
 

うつからの脱出

別にうつ状態から脱出できたわけではないのだが、うつ状態で通院するようになってからすぐに買った本があった。
なぜこの本を買ったのか覚えていないが、甚だ失礼ながら、大したことは書いてないなと、一度読んでそれっきりにしていた。

うつからの脱出―プチ認知療法で「自信回復作戦」うつからの脱出―プチ認知療法で「自信回復作戦」
(2004/05)
下園 壮太

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その後、私も神経症患者としてある種陥りがちな罠にはまった。うつ状態がうそのように晴れるような「魔法」を捜し求めていたのだった。
「魔法」を求め、メンタルに関する様々な本を読んだ。実践もしてきた。しかし、なんだか治療法の「研究」にも疲れてきた。
そんな折、再度「研究」の最も最初に購入した本を再度手にしてみた。
さまざまな本を読んで回り道をしてきて、この本に書いてあることがやっとわかった。この本ではあまりに平易な文体で、実践も簡単な方法を書いているので「内容が薄い」と思っていたのだが間違いだった。

この本いわく、うつ状態の人は早く治そうとして「魔法」探す、認知療法は向く人と向かない人がいる。など

以前カウンセリングを受けていたことを思いだす。
私は自分の性格を深く見つめ、それをカウンセリングによって変えていくことを望んだ。
ところが、私が「性格を変えたい」といってもも、カウンセラーはちっともそのような話題に乗ってこなかった。「休日には違うことをしたらどうですか?」など、私にとってははぐらかされたような気持ちになったこと。
この本では、この時期のクライアントはそういった重いことを考え込む特性があるので、カウンセラーがそれに乗ってしまうと、その特性を進めるだけで治癒にならないこと。また、そのような答えは回復過程で醸成されてくることなどが解説してある。
今になって、思考の深みにはまらないようにカウンセラーがそういったテーマを深堀りしなかった理由がわかる。
おそらく、カウンセラーも当時はそのようなことは説明していただろう。私が聴かなかっただけだろう。

あとは、私は自分が嫌いであるが、その私が忌み嫌っている自分の性格それこそが、いままで私自身を守ってきたこと。そのくせ、調子がよかったころは自分の性格について多少は嫌悪していたものの、大した問題とは思っていなかったことなどを気付いた。

今更だが、うつ状態を脱する王道は休むことかもしれない。「肩を壊した投手が完治しないうちに投球練習をはじめるようなこと」かもしれない。私に必要なのは治療法の研究などではなく、まして克己心でもなく、休養する勇気なのかもしれない。

私の(会社以外の)周りの人は異口同音に「もっとマイペースで」「時にはゆっくりしなよ」といったアドバイスを下さった。しかし、私は「自分を甘やかすことによる際限のない堕落」や「失うであろう社会的地位」など抽象的な概念に囚われ、頑としてそのようなアドバイスは聞き入れなかった。むしろさらに仕事での結果を出すことに自分に無理を強い続けた。

この本を再読して、少し力を抜くことができるかもしれない。
2011-09-19 23:37:18(Mon)
 

営業という仕事

知らない間にFC2ブログに広告がでるようになっていて、
気付けば一ヶ月も更新していなかった。
私の周りのブロガーさんも長期間更新されていない方もいる。
調子を取り戻し、メンタル系のブログから卒業されたのだと思いたい。
私も調子が戻ればこのブログはたたむつもりだ。
そのときは別名で違うブログを一からはじめたい。

さて、題とは随分違う書き出しになったが、仕事での出来事について書き留めておきたい。

私が新たに担当した情報システムで、これまでA社に保守をお願いしていた。
しかし、今回そのA社が人員不足で保守を降りたいと申し出てきた。
A社と私は浅い付き合いしかなかったが、信頼できる会社だと申し送りを受けている。
私はA社と交渉し保守継続を望んだ。
しかし、担当窓口である営業のS氏は本当にどうにもならないという。
それでもS氏の誠実な人柄を充分に感じた。
代わりにとX社、Y社を紹介してくれた。これはS氏の背一杯の誠意だ。
やむなく、私はX社、Y社との交渉を開始した。
しかし、他社と比べてみるとA社がなぜ信頼されていたかがよくわかる。
技術力もさることながら、事にあたる真摯さが違う。
情報システムに限らず、トラブルが発生したときに逃げられるような会社では困るのだ。
X社、Y社いずれもこれからの長い付き合いは難しいと評価した。

やはり再度A社に交渉を行った。
A社の営業担当S氏に再度あたる。
A社の事情を知りながら、私はA社を信頼していることを伝え、互いに関係継続を模索する。
A社は外資の支援を受けており、私の会社との関係継続のためには外資と交渉する必要があるという。
外資はそういった面では非常にクールだ。
しかし、S氏は関係継続のために社内や外資の間で懸命に立ち回ってくれている。
S氏は行動が早く頭も切れる。優秀な人材なのだろう。

まだ結論はでていない。
しかし、もし今回A社との関係が途切れても、次回何かあればA社を起用したいと思う。
もちろんビジネスなので私情が入る余地はない。
それでも私はA社を有力候補とするだろう。

私はエンジニアだが、A社営業S氏との交渉の中で今回はうまくいかずとも、次の縁につなげるための仕事があるということを改めて知った。
頭の中ではわかっていたし、そういう研修もあった気がするが、やはり人との出会いが一番気付きが大きい。
2011-09-01 23:28:28(Thu)
 
プロフィール

つばめとそら

Author:つばめとそら
うつ状態のときもあるさ
日々の気持ちをつづっていきます。
(o^-')b

【私の治療歴】
■投薬治療
 2008年6月~2013年5月
 
■心理療法
 来談者中心療法によるカウンセリング
 認知療法
 マインドフルネス
 森田療法

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