運動会で順位をつけないことについて

先日、子どもたちの運動会があった。
子どもたちは私の残念な遺伝子を引き継いでいるので、運動会ではヒーローになれない。
私の父は小柄だが若い頃は力も強く体力も旺盛だったそうだ。
私の母は私が小さい頃の運動会で親参加の徒競走でいつも一番になっていた。
ところが、私は足も遅く持久力もない。私が父と母から身体能力を分けてもらえなかったようだ・・・

でも、あえて・・
私の子どもの小学校(公立)の運動会では順位をつけない。
最近の運動会では順位をつけないそうだ。

それでいいのか。
運動会でヒーローになる子がいたっていいじゃないか。
私の子は運動会では最下位になるかもしれない。
そして最下位の悔しさを味わい、猛練習の末逆転を目指すのもよし。
自分より上位の実力を持つ者を認め、運動以外の分野で挽回を図るものよし。
あえて順位をつけることで個人が一人一人違う特性を持つことを理解するのではないか。
学校は機会の平等よりも結果の平等を重視し、運動会という本番までに子どもたちが努力してきたことをまるで無視するかのようである。まさに悪平等ではなかろうか。
そのような教育を受けてきた子どもたちが、まずは「受験」で、そして社会に出た時に結果の平等なぞ微塵も保証されない弱肉強食の競争世界にいきなり放り出される。
ある意味「負けっぷり」を知らない子どもたちがいきなり競争の場に追い立てられるのだ。
あまりに無責任なことではないか。
日本の社会システムは、ヒエラルキーを登りつめるための競争に常に晒され、大多数の人間はいずれ「負ける」時が来る。ある意味トーナメント戦なのである。セーフティネットと巷ではかまびすしいが、実質負ければ次はない。わずかな勝者による勝者のための社会システムなのだ。
しかし「負けっぷり」を学習していれば、そのような社会の中でも次の自分のライフプランを立て直すことができるかもしれない。全く別の土俵で敗者復活できるかもしれない。
競争社会である限り、かならず勝者と敗者が発生する。しかもわずかな勝者と圧倒的な数の敗者だ。
パレートの法則ではないが、いずれ敗れ去る8割のものたちはそれでも生き残るための知恵、想像力が必要なのだと思う。今の社会システムそしてその社会システムを実現するための教育は「与えられた土俵で勝ちつづける」ことを前提としており、負けることを想定していないかのようだ。
そのような社会と運動会の順位をあいまいにして個人の特性を否定するかのような教育に非常な矛盾を感じる。

・・とさんざん書き連ねたことと一見矛盾するが、私自身は競争社会は否定しない。
ただ、一試合で負けても別のラウンドが準備されていればよいと思う。
そのためには個人では「負けっぷり」を学習しておくこと、社会システムとしては負けても「次」を準備しておくことだと思う。
しかし、私自身無責任なことだが、現在の世界の経済情勢を見るに付け、社会に対して批判こそすれ提案ができない。全く無責任な「評論家」だ。
でも、多くの人も閉塞感を感じているのではなかろうか。
(自殺者3万人はやはり異常な数字ではないか)
2012-05-28 00:04:49(Mon)
 

ひさびさにポジティブな日記

今日は久しぶりに、数ヶ月ぶりに自転車で通勤してみた。
春先からどうしてもメンタルの具合が上がらず、仕事のパフォーマンスも上がらず、家では父親としての役割も果たせない日々が続いた。
このままではいけない、と思いながらも投薬治療に頼るのみで悶々とする日々。
これまで認知療法をはじめとする心理療法も試したがことごとく失敗し、すっかりうつ状態から脱出する気力さえ失っていた。

でも、今週はひそかに決めていた。自転車通勤を。
昨日は天気が悪かったので、自転車通勤はあきらめた。
#なので日食も見れなかった

だから今日こそはと自転車で会社まで行ってみた。
いつもより30分速い出社だ。
自転車で走り出すと、梅雨前のからりとしたさわやかな風が体を包む。
ペダルを漕いでいる間は無心になれた。

会社に着いてみるとといつもよりも心持がよい。
いつもはうだうだするのだが、今日は朝一から仕事に取り掛かれた。
今日も早く寝て・・とこんな時間だが、明日も自転車で通勤だ。
心理療法の次は運動療法かな。
2012-05-23 00:36:08(Wed)
 

家計決算2

かねてから作成していたライフプランがある。
これを猫の目のように変わる子供手当や扶養控除のカット、想定される消費税率のアップなどを勘案してライフプランを見直している。
ライフプランとは、将来的に予想される収入や支出を見積もり、家計の破たんを防ぐための将来計画だ。

しかし、ライフプランを見直す作業を行うと暗澹たる気持ちになる。
今の私の状況(メンタル)では収入アップは見込めず、永遠とも思われる単身赴任での二重生活の費用も嵩む。
子どもたちも高校、大学と進学するにつれて支出は増えていく一方である。
今のままでは子どもたちが大学に進学する頃、家計は破たんする。
「つばめ家、解散」の状態だ。

私たちの家族が贅沢しているとは思わない。
私の収入が支出増に応じて上がる見込みが全くないのが問題なのだ。
破たんを避けるために妻に頭を下げて、働きに出てもらうことをお願いする。
私は普段単身赴任で家を留守にしているくせに、私の義務である収入アップに向けた努力を放棄しているくせに、妻ばかりに負担を押し付けようとしているのだ。虫のいい話だ。
妻は働くことを承諾してくれており、就活中である。
しかし、私が不在の間、まだ手のかかる子どもたちを一人で抱えながら、仕事も家事も学校行事も一手に引き受けいく負担・不安はどれほどのことだろう。

私が通院をやめれば、その分、子どもたちの望む習い事に通わせることもできる。
私がきちんと地元できちんと足場を固めていれば、転勤という左遷人事にあうこともなく、単身赴任もなかったのだ。
私さえ元気できちんと稼いでくれば何の問題もなかったのだ。
私一人の不調が、身勝手が家庭を破たんへ導く。

結婚の時、妻を幸せにすると約束したのだが、その約束ももはや完全に反故となった。
ただ、申し訳ない。
2012-05-02 22:45:24(Wed)
 
プロフィール

つばめとそら

Author:つばめとそら
うつ状態のときもあるさ
日々の気持ちをつづっていきます。
(o^-')b

【私の治療歴】
■投薬治療
 2008年6月~2013年5月
 
■心理療法
 来談者中心療法によるカウンセリング
 認知療法
 マインドフルネス
 森田療法

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