風立ちぬを見た

TVで「風立ちぬ」をやってたので見た。
大戦中の戦闘機ゼロ戦の主任設計技師である堀越二郎氏をモチーフとした話である。
とはいえ、実在した堀越氏の話ではなく、フィクションなのだが。
(物語としてのベースは堀辰雄氏の小説らしい)

乗り物オタクである私は、堀越氏が実際に設計した飛行機が登場する度にオタク心がときめいた。
しかし、それ以上に物語の堀越氏とその妻の淡く激しい恋にキュンキュンしたのだ。
妻をあんなに大事にする主人公が、結核の妻の命を削ってまで仕事に没頭した動機の描写が足りない気がするが、昭和初期の時代はそういうものだったのかもしれない。
国防という動機でもなく、自己の欲求に従ってのみ戦闘機開発に没頭し、結果的に妻の寿命を縮めたのはエゴに見える。
それでも、ひたすら自分のやりたいことを追求しようとするある意味子どものような主人公と、献身的な妻の愛の姿はなぜか心に残った。
それは、新婚まもなくしてこの世を去った妻が、心から愛する主人公の人生で最も輝く姿をそばで見守ることができた満足感が伝わって来るからだろうか。
妻は幸せのうちに亡くなったのだろう。
そういう感慨が物語を切なくも爽やかなものにしている。
2015-02-22 21:54:59(Sun)
 

ブラック上司

ストレスがたまりまくっているので、今日はブラックつばめで日記を書く。

働かない部下。
それを指導できない自分。

その部下は前職場で適応障害になり、休職の後私のところへ来た。
私も中途半端にメンタルを患っているので、そのような部下を叱るときにどうしてもブレーキがかかる。
もし出社しなくなったら、もし万が一のことがあったら。
まさに腫れ物を触るようだ。
元来は体育会系の私なので、以前の私ならそれこそ怒鳴り付けていたことだろう。
それができない不甲斐ない自分への怒りか、適応障害を患いつつもあまりにも身勝手に振る舞う彼への不満か。

彼が適応障害になる理由はわかる気がする。
彼の身勝手な振る舞い、価値観が周りと軋轢を起こし、本人は勝手に理不尽を感じて病んでいく。
彼はその原因に気がついておらず、世間が悪いと思っている。口癖は「ぼくは悪くないですよね?」40前の彼である。

休職中に海外旅行に出かけた話を土産話にする。
自分が起こしたトラブルなのに対応を人に任せ、定時退社する。別の日には皆でトラブル対応中に自分だけ飯を食う。

しかし、病なのだから仕方がない。仕方がない。仕方がない。これは病なのだ。

振り返って、自分も身勝手さにおいて人のことは言えまい。大いに自覚がある。
私も恐らく新型うつのような症状で、回りに迷惑をかけているのだ。
そう思うとさらに彼を叱ることができない。

鬱っぽくない「うつ病」の上司と、「適応障害」の部下。なんともシュールな職制だ。

私はぞっとするほど冷たい人格なので、40前の彼を改めて教育しないだろう。
彼は自分の置かれた立場を自分で理解するしかないのだ。
2015-02-16 23:52:54(Mon)
 

息子の1/2成人式の授業参観

授業参観で息子の1/2成人式というのがあり、その様子を妻がビデオに収めていた。
先日のインタビューの内容を踏まえ、皆の前で考えを発表するというものだった。
家では典型的末っ子タイプで、甘えん坊で自立しない冴えない息子。

しかし学校での彼は違うらしい。

彼の番になった。
スタスタスタと堂々と、しかし自然体で一直線に皆の前に出る。
淀みなく、しかも分かりやすい言葉で話す。
最後に「お父さんみたいな父親になりたい」などと、こじゃれたことを抜かして締めやがる。
その余裕は何?、その堂々とした振る舞いは何?
家庭での冴えない彼からは想像できないギャップに唖然とする。いつも家では猫背の彼の背がしゃんと伸びていた。

我が子ながらあっぱれ。
2015-02-08 21:16:34(Sun)
 

カウンセリング

以前に買った水島広子さんの「対人関係療法でなおす気分変調性障害」という本を改めて読み返してみた。
「自分は人間としてどこか欠けている」
「人生がうまくいかないのは、今まで自分がちゃんと生きてこなかったからだ」…等々と感じる人が読む本だそうだが、全般的に私にはまりすぎている。水島さんは私の内面をなぜこんなに見透せるのだろうか、と思うことが全編に渡っていた。

この本は、私の感情や思考が「病気」の症状であることを繰り返し訴えている。私が性格の問題と思っている数々のことが、ことごとく治療可能な病気だとしている。

カウンセラーに薦められた本なので、改めて読み返してびっくりしたと伝えた。
そして、改めて対人関係療法に取り組んでみようということになった。

今回のカウンセリングは、心理カウンセリングというよりも、ほぼ人生相談というか愚痴になってしまった。
しかし心理カウンセリングだからといって構えるよりも、ありのままを話すことが大事なのだろう。
前回位から、愚痴もそうだが、これまで極親い人にすら言うのが憚られた私の内面を話している気がする。

これからどんな展開になるのだろう。
2015-02-08 20:13:34(Sun)
 

私の病名

通院日だったので、医師に私の病名を聞いてみ
たら、「うつ病」とのことだった。
うつっぽくないけど、病名がないと通院、投薬ができないので便宜上のこと、というようなニュアンスだった。
前回の日記でうつ病じゃないと書いたが、結果的にはうそになってしまった。
まぁ私も医師には性格の問題ですよねーなんて言ってるので、別に病名は何でもいいけど。

ここのとこ調子が悪いと言ったら、薬が変わった。何やら難しい名前の漢方薬だ。(思い出せない)
お湯に溶いて飲むのだが、シナモンのような香りがしてなかなかおいしい。
2015-02-08 19:55:12(Sun)
 

どうする?自分

最近は微妙な低空飛行が続いている。
私は最近は病者の役割を果たしていないなと思う。

病者の役割という考え方では、自分の病を治すために、できうる努力をする義務があるのだが(必要なら「何もせず休むこと」も義務)、どこか病者のままでいようとしているのかもしれない。
病者であることを口実に、現実の問題をもう長い間避け続けている気がするのだ。
治ったら真面目に問題に取り組もう、治りさえすれば…
しかし気づけば時間は容赦なく、タイムリミットは迫っている。
私には自信がない。問題に真っ向から立ち向かう気力も。
自信さえあれば、気力がありさえすれば、病が治りさえすれば…

森田療法によれば、この病が治ったら、何がありさえすれば…、といっている間は問題に永遠に取り組めないし、病も治癒しないと教えている。

もちろん、真性のうつ病であれば、まずはしっかりと病を治すことが最優先だろう。
しかし私はうつ状態ではあってもうつ病ではない。
であれば、今の問題に取り組むことが私の病の最も効果的な治療かもしれない。

どうする?自分。
2015-02-01 20:11:20(Sun)
 
プロフィール

つばめとそら

Author:つばめとそら
うつ状態のときもあるさ
日々の気持ちをつづっていきます。
(o^-')b

【私の治療歴】
■投薬治療
 2008年6月~2013年5月
 
■心理療法
 来談者中心療法によるカウンセリング
 認知療法
 マインドフルネス
 森田療法

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