とりとめのないこと

よその宅でもてなしを受けたとき。
日本では食事を残さず平らげることが美徳だ。
中国では、出された食事をたくさん残しておくことが美徳らしい。
私は日本人なので、正直後者は理解できなかったが、はたと気がついた。
日本流の考え方は、客人がホストに対して気を配る考え方、後者はホストが客人に対して気を配る考え方だと。
中国流は、私からみればもったいないという気もするし、欧米でも受けが良くないと聞く。
しかし、視点を変えれば、ホストが客人を最大限にもてなしたいという考え方なのだ。
(穿った見方はいくらでも想像はできるが、それは日本についても同様と考える)

「おもてなし」は東京オリンピック招致成功の時から日本人特有の美徳と思われた感があるが、実はそうでもないのかもしれない。
日本人特有のものと思い込むのは傲慢なのかもしれない。

私自身の思想はネトウヨに近いと思うが、それでも最近は一部の日本人が必要以上に鼻が高くなっているように感じてしまう。某巨大掲示板だけかもしれないが。

国益は大事だし、国を誇る心、愛国心は大事だ。日本が外国に不必要に貶められる必要はびた一文ない。
だからといって、ヘイトスピーチよろしく彼の国の文化や国民個々の人格まで攻撃するのはおかしい。
それこそ日本人としてのプライドに関わる。

そんなことを思うのは、私がネトウヨだからだろう。

2015-06-28 01:26:38(Sun)
 

厨二病

少し前からセレンディピティという言葉を聞くようになった。
どうも私はこの言葉が好きではない。

私にある部下がいる。
これからどのように成長したいかを問うと、
「運命は偶然の連続で、自分にはコントロールできないから特に方向性はない。セレンディピティです」
くらいのことを言う。

正しい。
しかしお前がいうな。

私は、何かを掴もうと必死な人に、偶発的な発見は訪れると信じる。
必死に生きて、その先に思いもつかなかった幸運がおとずれるのだ。
初めから流されるだけの人間に、そんなものが訪れてたまるか。

「自分探し」もそうだ。
目の前の現実を戦わずに青い鳥を探すのだ。

セレンディピティ、自分探し、と聞こえのいい言葉で誤魔化し、その実逃げているのだ。

目の前の現実を戦う者は、セレンディピティなどと言わない。自分の力で得たいからだ。
自分探しの暇などない。目の前の現実の中にこそ自分があるからだ。

こんな信条に囚われてるから、私は生きにくいのだろう。
我ながら行きの詰まる考え方だ。

何だか厨二くさい文になった。
相当ストレスがたまっているようだ。
2015-06-11 21:08:06(Thu)
 

6月5日

今日はミッドウェーで日本が敗北を喫した日だ。
敗北の原因はいろいろと言われているが、私も本当のところはわからない。

ただ、もしミッドウェーで勝っていたとしても、どこかで敗北を喫したことだろうとは思う。
日本軍が大国アメリカに挑むためには、リスクの高い作戦を続けて、ある意味博打を重ねるしかなかったのだろうと想像する。
開戦の火蓋を切った真珠湾も大博打。
山本提督は博打が強かったらしい。

だからといって、当時の決断を現代の視点から批判することだけは避けたい。
当時の情勢、環境ではそうするのがベターとの判断だったのだろう。
そもそも論にたてば、米国と戦争をすることが間違いと言われればそのとおりだが、そこを掘りだすときりがなくなる。

私は戦争を経験していないので、その悲惨さは想像するしかないのだが、なぜかこの日は覚えていて、なんとなく先の戦争に思いを馳せ、戦死者を思うとなんともいたたまれなくなる。
ヨーロッパ戦線のノルマンディ作戦の日付も近い。年は2年下るが。

何を書きたいのかわからない日記になってしまった。
2015-06-05 20:34:53(Fri)
 
プロフィール

つばめとそら

Author:つばめとそら
うつ状態のときもあるさ
日々の気持ちをつづっていきます。
(o^-')b

【私の治療歴】
■投薬治療
 2008年6月~2013年5月
 
■心理療法
 来談者中心療法によるカウンセリング
 認知療法
 マインドフルネス
 森田療法

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